~IFN療法による医療経済効果について~
薬害肝炎全国弁護団
代表弁護士 鈴木 利廣
第1 はじめに(薬害肝炎訴訟との関係性)
薬害肝炎訴訟大阪判決は、国の法的責任を認めるとともに、法的責任が認められない範囲においても、国の医薬品行政が極めて杜撰であることを認めた。また、
東京判決は、国は既に1983年末頃からC型(非A非B型)肝炎の予後が悪い旨認識していた(にも拘らず十分な対策をとらなかった)ことを認めた。
したがって、国は、全てのウイルス性肝炎患者に対して法的責任があるとまでは言えなくとも、一般的に国民に対して負っている「生命・健康・安全確保義務」以上に、肝炎治療対策を積極的に施行する義務があると考えられる。
そして、過去の薬害エイズ事件においては、薬害被害者との和解を契機に、HIV感染症患者全体に対する医療・福祉体制が画期的に進んだのである。薬害肝炎訴訟において国の責任が3度(漏れなく)認められた上、C型肝炎の重篤性が認定された今、国による治療体制の確立、特にIFN投与に対する(費用)支援体制が論じられるべきは当然である。
第2 費用の観点から
1 国(厚生労働省)は、C型慢性肝炎患者は100万人であり、費用を全額支援するとなれば、その費用と100万を乗じた金額がいきなり必要となり、何兆円、何十兆円というレベルの問題となるため、到底軽々に支援すべき問題ではないと吹聴している由である。
2 しかし、かような主張が本当になされているとすれば、誠に雑駁な主張であり、冷静な分析や検討もなく、最も有効な方法が何かという視点から対策を立案しようとする姿勢も感じられない「思考停止」「開き直り」のものと言わざるを得ない。
3 既に弁護団から具体的に述べているように、現在IFN投与を受けている患者は極めて少なく、その主たる理由が当該投与にかかる費用が高額であることに存するのは明白である。
そして、適時にIFN投与による治療を受けたなら治癒する可能性のある患者らが、かような理由でIFN治療を受けない為に肝硬変、肝臓癌へと病状を悪化させた場合、結果として医療費が3兆円程度更に嵩むことが、いくつかの論文によって裏付けられている。つまり、適時にIFN投与を各患者が受けたなら、3兆円の医療費が削減される訳である。
4 前項で述べた論文・報告としては、たとえば近時の熊田博光医師(虎ノ門病院消化器科)のものがあげられる。
熊田医師は、全慢性肝炎患者に対して等しくIFNを投与した場合、たとえ効果のない方が一定割合出たとしても(それらの人に対しては改めて肝硬変や肝臓癌の治療をしなければならないとしても)、IFN治療を施さない従来の治療法よりも3兆円ばかり医療費が削減されると報告している。
むしろ、熊田医師の報告は、全慢性肝炎患者がIFN治療にチャレンジすることを前提に試算をし、その上で医療費削減を論じているのである。
5 また、医療現場や識者からの指摘は、ここ2、3年の間に初めてなされたものではない。
既に10年以上も前である1996年(平成8年)ころから、IFN投与治療を進めていくべきだとの報告がなされており(「
C型慢性肝炎に対する戦略的インターフェロン療法の社会経済的評価」・森口尚史財団法人医療経済研究機構調査部長、佐藤千史東京医科歯科大学医学部教授)、その報告ではC型慢性肝炎患者が全員IFN の治療を受けた場合、受けなかった場合よりも2.9から4.8兆円の医療費削減効果があると明確に論じられていた。
6 しかも原告・弁護団の要求は、独自特異なものではない。
東京都においても、平成18年9月
、「東京都における今後のウイルス肝炎対策について」と題する「東京都ウイルス肝炎対策有識者会議報告書」を作成し、原告弁護団と全く同じ論理によってIFN治療の推進、その為の治療費援助を都の施策として進めているのである。
同報告書は、「医療費助成」の項目において、「ウイルス肝炎の治療の促進による肝がん患者の減少は、健康長寿の確保はもとより、正確な試算は難しいものの、将来の総医療費増大の抑制効果が期待できるものである。このことから、治療促進のためには、患者の負担を軽減し、病状や様々な社会的状況等にも応じ、安心して治療が受けられる環境整備が求められる。ウイルス肝炎の治療に要する経済的負担の軽減策については、自治体間で格差が生じないよう、人工透析医療のように高額療養費の支給の特例として取り扱うなど、国の医療制度の中で実現されることが、望ましい。都としては、このことについて、国に対して強く要望するべきである。」とまで論じているのである。
7 結局、国はこれまで、「まだ慢性肝炎の段階である」「まだ肝硬変や肝臓癌になる時期までは時間がある」との考えの下、問題を先送りしてきただけに過ぎない。
しかし、今まさに、慢性肝炎患者は肝硬変・肝臓癌へと病態を悪化させる時期に至っており、各患者がIFN治療を受ける必要性・切迫性は極めて高くなっており、一刻の猶予も許さないと言うべきである。
IFN治療によって医療費が削減されるだけではなく、健康な労働力も確保され、なによりも国民の生命が救済されるのである。
第3 全慢性肝炎患者(特に原告)が全員IFN治療を受けることは、費用対効果の面から不適切であるとの主張について
1 近時、原告弁護団の主張、更には東京都の主張でもある本要求に対し、「全慢性肝炎患者(特に原告)が全員IFN治療を受けることは、費用対効果の面から不適切である」との反論がまことしやかに流布されている由である。
しかし、このような主張も既に指摘したとおり、雑駁かつ感情に訴えるものであり、なんら建設的なものではない。
確かに、IFN投与を受けても慢性肝炎患者の全員が治癒するわけではない。
しかしながら、比較的効果(治癒率・著効率)が低いとされる「Ⅰb高ウィルス量」タイプの場合でも、著効率は現在約60%とされているのであって、「Ⅰb高ウィルス量」以外においては90%弱(87%)と評価されているのである。
それゆえ、まず全慢性肝炎患者がIFN投与を受けられる費用援助のシステムを確立させたうえ、できるかぎり多くの慢性肝炎患者にIFN治療を受けてもらい、そのなかで遺伝子型やそのほかの原因によって例外的に何らIFN投与によっても効果のない患者タイプを研究していくのが筋である。そうであるにも拘わらず、これまで、国が主体となって積極的に各慢性肝炎患者に対してIFN投与が受けられるよう対策を講じたり、援助をしたこと(研究の道筋をつけようとしたこと)は全くなかったのである。
2 しかも、東京地裁判決も認定するとおり、IFN療法によって、たとえHCVを排除するには至らなくても、ALT値、AST値が正常となった場合では肝細胞癌の発生を抑え、肝癌発生リスクも4分の1から5分の1に低下させるとの報告も存するところであり、IFN投与による効果は等しく全慢性肝炎患者に認められるとも評価できるのである。
3 よって、これまで、IFN投与が進められるための対策を施さなかった国が、HCVを排除できない可能性があるという一事をもって、全慢性肝炎患者に対するIFN治療を否定する姿勢、全慢性肝炎患者への投与を「無駄遣い」であるかのように主張する姿勢は厳しく批判されるべきである。
第4 結論
以上のとおり、国らの主張は欺瞞に満ちており、原告弁護団は、全慢性肝炎患者に対し、IFN投与に要する治療費の支援を国が行うことを改めて強く要請するものである。