薬害肝炎は、血液製剤によるC型肝炎の感染被害です。肝炎患者の検査・治療・研究体制の充実を目指して活動しています。当ブログでは原告・弁護士たちから情報発信していきます。
by kanen-relay
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
カテゴリ
お知らせなど
このブログは、薬害肝炎東京弁護団の弁護士が管理しています。

● 東京弁護団は、関東甲信越、北海道、静岡の一部を主に担当しています。
 弁護団員には、群馬、神奈川、千葉、静岡、北海道の弁護士もおりますので、弁護団事務局までご相談下さい。

● 2008~09年度に厚生労働省で薬害肝炎に関する検討会・委員会が行われています。

厚生労働省HPの
 「薬害肝炎事件の検証及び再発防止のための医薬品行政のあり方検討委員会」
 「フィブリノゲン製剤投与後の418例の肝炎等発症患者の症状等に関する調査検討会」
の部分をご覧下さい。

● 2008(平成20)年1月11日、第168回国会にて薬害肝炎救済法案が成立し、同月15日、薬害肝炎全国原告団は、国と基本合意を結びました。
 また、2009(平成21年)11月30日に、肝炎対策基本法が成立しました。
 これまでのご支援、誠に有難うございました。

 今後は、基本法の趣旨を踏まえ、350万人の肝炎患者のための検査・治療・研究体制がより充実されるよう、活動していきます。

B型肝炎の方へ
 集団予防接種によるB型肝炎感染被害の疑いがある方は、当弁護団ではなく、B型肝炎訴訟弁護団にご相談下さい。
B型肝炎訴訟弁護団
http://www.b-kan-sosho.jp/
全国B型肝炎九州訴訟弁護団
http://www.hbvq.info/

薬害肝炎弁護団リンク
薬害肝炎全国弁護団HP
薬害肝炎九州弁護団HP
九州弁護団事務局長ブログ
薬害肝炎弁護団神奈川支部HP


カテゴリ:大阪から( 18 )
第17回検証会議の報告
10月29日(木)午後3時からの、第17回・薬害肝炎事件の検証及び再発防止のための医薬品行政のあり方検討委員会が開かれました。
委員会の要旨について、薬害肝炎大阪弁護団の田辺弁護士からの報告です。

【要旨】
●医師アンケートについて
 速報報告がありました。今後,解析が進むと詳しいことが分かると思います。
 いずれにせよ,現場の医師には肝炎リスクについて余り認識がなく,また情報も与えていられなかったことが裏付けられました。

●ドラッグラグについて
 解決が困難な問題であることについて小野委員から報告がありました。
 薬害防止という観点から,今回の検証委員会の提言内容に盛り込むべきと言う指摘がみられました。

●第一次提言についての対応状況
 多岐にわたる提言内容についての対応状況の一覧表が提出されました。
 今年度になって急いで研究班を立ち上げたものもあり,どのような進捗状況になっているのか,今後の積極的な情報開示が望まれます。
 
●PMDA職員らに対するアンケート調査
 水口委員から早急に実施すべきという提案があり,実施が決められました。
 組織文化についてのこの種のアンケート調査がなされるのは,日本では初めてのことで,大変画期的な出来事です。
 事務局側や副座長から消極的な意見があったのですが,提言の対象となる現場職員の意識を知る必要があるという多数の委員からの意見が大勢を占めました。

●第三者監視・評価機関の具体的あり方を検討するワーキンググループについて
 委員の選定結果が公表されました。
 (資料掲載順)泉,大平,小野,清水,椿,西埜,間宮,水口,森嶌(主査)
 
 当面月1,2回の頻度で会合を開き,議論はオープンにするということです。
 第1回は11月10日実施予定しているということです。

(今後のスケジュール) 
11月16日,12月4日
その後,1月以降,研究班の検証結果の報告を受けつつ,最終提言をとりまとめることになる予定です。


.........................

肝炎患者支援のための全国キャンペーン
もう待てない!350万人のいのち

肝炎患者支援法の制定を求めるための署名活動にご協力ください。

[PR]
by kanen-relay | 2009-11-01 16:00 | 大阪から
6月23日・田辺三菱製薬に対する行動
 明日6月23日(月)、大阪の田辺三菱製薬(フィブリノゲン製剤とクリスマシンを製造販売していた製薬会社)に対し、反省と謝罪を求める行動を行います。お近くにお住まいの方は、ぜひご参加いただき、薬害肝炎被害者たちと行動をともにしていただきたく、よろしくお願い申し上げます。

      薬害肝炎「企業モラルを正せ!抗議行動」参加のお願い

                       薬害肝炎全国原告団
                       代表 山口 美智子

 5年の歳月をかけ、支援の皆さまと共に闘ってきた訴訟も、世論の後押しを得て、今年1月「薬害肝炎救済法」が制定しました。訴訟解決に向けた一定の道筋がつき、国との和解も勝ち取ることができました。これも、支援の皆さまが私たち原告団に寄り添い、支え続けていただいた結果であると感謝申し上げます。

 この5ヶ月、「ウィルス性肝炎患者が安心して治療に専念できる恒久対策」実現に向けて、更に支援の皆さまと活動を続けていますが、世間では、肝炎問題は解決されたかのように受け取られています。また、被告製薬企業との基本合意も締結できていません。まだ、薬害肝炎問題すら終わっていないのです。

 昨年から食品の偽装が相次ぎ、私たち国民の食に対する信頼と健康を脅かした企業は、廃業に追い込まれています。医薬品は食品以上に真実が求められ、偽装は絶対許されません。ところが、被告企業は、「患者の命を守る」という製薬企業の役割を放棄してきたとしか思えません。これまでも、常に国の責任の背後に隠れ、薬害被害者を無視し続けてきました。

 国との和解が成立した今だからこそ、製薬企業には「患者の命を守る」という原点に立ち返らせ、「一人の命も奪わない」という決意を固めさせる時が、今なのです。
 私たち原告団は、企業倫理と医療消費者視点が欠落している製薬企業に対し、心からの反省と謝罪を求めたいと思います。

 これまで原告の思いを共有し共に闘っていただいた皆さま、私たち原告団の抗議行動へのご支援をよろしくお願いいたします。


【6月23日の行動予定】
12時集合   地下鉄御堂筋線淀屋橋駅1番出口を出たところ
12時~13時   ビラ配り等の街宣行動
14時   中之島女神像前集合(大阪地裁前)
14時30分   抗議パレード出発 田辺三菱製薬株式会社まで
15時   直接交渉(直接交渉拒否の場合は抗議アピール)
17時   記者会見・報告集会

【問い合わせ先】
薬害肝炎大阪弁護団
 〒530-0047
 大阪市北区西天満2-8-1大江ビル405号
 長野総合法律事務所内
 TEL06-6363-3705
[PR]
by kanen-relay | 2008-06-22 00:00 | 大阪から
和解骨子案提示について-大阪高裁の様子
 12月13日午後3時半から大阪高裁において和解骨子案の提示がありました。

 その内容は,すでに報道されているとおり,基本的に国の主張に基づいて東京地裁判決基準での線引きをする内容です。
 私たちは,提示のあったその場で拒否をすると表明をしました。

 それでは,その様子をお伝えします。

 午後3時半,大阪高等裁判所内の会議室に大阪原告団の第1陣原告,原告弁護団,それに被告国・田辺三菱製薬の代理人が一斉に会した中で裁判長から和解骨子案提示について説明が始まりました。
 裁判長は,「和解骨子案」と「和解骨子案提示の際の所見・説明書」という2種類の書類を双方の当事者に交付するにとどまり,基本的にその内容の全体について口頭で説明することはしませんでした。

 裁判所が,和解骨子案の内容を口頭で説明することなく,回答期限等の事務手続き的な説明だけを行い,骨子案等については書面を交付するにとどめるという姿勢を示したことから,弁護団の松井俊輔弁護士から,その場で「我々の要求する全員一律救済の内容になっていない和解骨子案であれば,原告は拒否をする。」との意見表明をいたしました。

 この弁護団の意見表明を聞いた後,裁判長は,年内の基本合意を目指したいということ,和解解決に向けての追加,修正案を提案するようにとの要望を述べました。

 このように当事者を集めておきながら,和解骨子案提示を書面交付の形で行うことにした裁判所の姿勢から予想されたとおり,和解骨子案の内容は,線引きをするというものでした。

 和解骨子案には幻滅させられましたが,所見・説明書には,重要な一文が記載されていました。
 すなわち,「当裁判所としても,本件紛争の全体的解決のためには,1審原告らの全員,一律,一括の和解金の要求案は望ましいのではないかと考えております」と記載されており,原告らの主張してきた全員一律救済の理念が望ましいことが明らかにされているのです。他方で,「1審被告らの格段の譲歩のない限り,和解骨子案として提示しないことにしました」とも記載されており,今回の和解骨子案が線引き案となったのが,被告らの抵抗によるものであることも明白なのです。

 そこで,原告団・弁護団の連名で,和解骨子案提示の後,直ちに声明文を発表しました。


 和解期日終了後,裁判所の司法記者クラブで実名原告(武田,桑田,両川,加地,藤村,池田)及び松井弁護士が記者会見に臨みました。
 武田さんが声明を読み上げた後,松井弁護士から骨子概要を説明しました。
 その後,各原告さんから意見・感想が述べられましたが,桑田さんからは,「命の重さを訴えてきた。どうして命に差別されなければいけないのか。薬害被害者は平等に救済されるべき。」とのコメントが出されました。

 また記者会見の後に大阪原告団の原告さんに集まっていただいて和解骨子案のご説明を弁護団からしました。
 残念な和解骨子案でしたが,原告さんたちからは全員一律救済に向けて最後まで頑張るとの力強い言葉ありました。

 最後の戦いです。全国の被害者原告が連帯して,全員一律救済の政治決断を勝ち取りましょう。

(大阪弁護団・たなべ)

東京の模様は、こちらの記事を!
[PR]
by kanen-relay | 2007-12-14 12:00 | 大阪から
本日、大阪高裁の和解期日
 薬害肝炎原告団は、12月10日の寒い中での官邸前行動もむなしく、福田総理大臣との面談もかなわないまま、本日の大阪高裁期日を迎えることになりました。
 福田総理は、薬害肝炎被害者の全員救済に向けて政治決断をすることもありませんでした。
 すでに報道されているとおり、本日の15時30分から、大阪高裁において和解骨子案が提示されることになっています。

 桜井よしこさんは、政治決断をしようとしない福田総理に対し、厳しい意見を述べています。

【櫻井よしこコラム 福田首相に申す】 国家国民のために働け
2007.12.12 21:47
 福田康夫首相はなんのために政治をしているのか。自身の政権と自民党の生き残りのためか。国家、国民のためではないのか。こう問うのには理由がある。まず、薬害C型肝炎への鈍い対応だ。 → 続きは産経新聞のサイトで。

[PR]
by kanen-relay | 2007-12-13 00:00 | 大阪から
薬害で死を宣告された人の気持ちを知って
 吉田さんの担当弁護士です。

 吉田さんは、1986年にフィブリノゲン製剤の投与を受けてC型肝炎になり、2001年に肝癌が発見されました。この時の入院治療では、合併症で、一時、「あと1週間の命」とまで言われたのですが、何とか克服しました。2005年に、再発しましたが、この時も、入院治療で克服されています。しかし、今年の6月に、肝癌がまた再発しました。しかも、今までとは違って、複数の癌細胞が発見されました。この癌を克服するために、約1ヶ月入院して治療を受けました。しかし、9月にCT検査などで治療効果を確認し、その他の事情も考慮された上で、医師から、「癌に対する有効な治療方法がない」と宣告されました。

 この知らせを吉田さんから聞いたときは、どう答えて良いのかわかりませんでした。できる限り、言葉を選んで、吉田さんと話させていただいたと思うのですが、どんなに言葉を頭の中で選んでも、これで大丈夫と自信を持てる言葉が思いつきませんでした。

 そして、吉田さんの本人尋問を急ごうという事になり、証拠保全という手続を取ることになり、その準備の関係で、吉田さん、吉田さんの奥さんの話を聞き、主治医の先生にも吉田さんの病状を伺いに行きました。主治医の先生は、丁寧に対応してくださり、吉田さんの病状に対する理解が深まり増した。しかし、理解が深まると、より何とも表現できない呆然とした気持ちになりました。

 12月6日、裁判所に提出する吉田さんの陳述書に、サインをもらうために吉田さんの自宅近くにまで行きました。この時は、サインをもらって、少し話して帰る予定でしたが、話しているうちに、自分の気持ちを伝えたいと吉田さんがおっしゃられました。先が長くない吉田さんの気持ちを大事にしたいと思いました。広く知ってもらうためには、実名公表するしかないと伝えました。吉田さんの気持ちは、「自分がフィブリノゲンで死ぬことが決まる一方で、和解協議に対する国や企業の姿勢が納得できない」というものでした。

 翌7日、弁護団として、吉田さんの実名公表を11日に行うことを決めました。それまでに、吉田さんからは、自分の余命を一人で考えていると、少しずつ暗闇に落ちていく気がする聞いていました。吉田さんには、「一晩、奥さんと話しながらで良いですから、どんなことを話したいかを、具体的に考えてもらえますか。」と御願いしました。

 8~10日は、毎日、吉田さんのお宅に伺って、何時間も話を聞き、そして話しました。私が帰った後は、吉田さん夫婦で、話し合ってもらいました。方針は、質疑応答は別として、「5分間で気持ちを伝えよう!」でした。5分以上になれば、話がぼやけてしまう危険があると思ったからです。また、「吉田さんの言葉で話そう!」ということにしました。他人の文章では、人に訴えられないと思ったからです。
 吉田さん自身の納得できないという気持ちは、確かなものでした。しかし、「感じたことをうまく表現できない、年だし、表現できたと思った言葉もすぐ忘れてしまう、最近は字を書くのもつらい」ということでした。余命の話になると、話が自然とそれてしまい、そこに話を引き戻すと、吉田さんは言葉よりも涙がうっすらうかび、私も涙ぐんでしまう状態でした。
 私は、死を宣告された気持ちを、うまく表現できる言葉なんてないと思い、すぐに原稿・文章を作ろうとせずに、とにかく、吉田さんと二人で、時に奥さんにも入ってもらって、吉田さんの気持ちや肝炎問題について、話し合うことにしました。そして、その中で出てきた言葉を、繋いで文章にするイメージでした。
 ともかく、その頃までに私が感じた吉田さんの気持ちを、私のつたない言葉に直せば「国や企業は、他人の手で、あなたたちの手で、命を短くさせられた者の気持ちを想像する気持ちがないのではないか。本来、国・役人は、国民の命を守るためにある。命を守るという気持ちがないのなら、いらない。」といった感じではないかと思います。

 10日は、吉田さんが話し、私がパソコンをうち、気持ちが煮詰まると、テレビをつけたり、書いたところまで声を出して読んでみると言ったことを、繰り返しやっていました。やはり、削られた自分の命のことを直視したり、言葉に代える作業は、見ていても辛そうでした。その日も、前日も、精神的に疲れて、昼まで寝ていたとおっしゃっていました。それはそうだろうと思いました。しかし、吉田さんは、辛抱強く、自分を表現しようとしていました。記者会見をする以上は、気持ちをできるだけ伝えたいという気持ちだったのでしょう。
 作業の途中で付けたテレビで、薬害肝炎問題の討論をやっていました。ある議員の発言は、吉田さん、奥さんの怒りに火を付けていました。ひとしきり、その議員の悪口をみんなで言って、吉田さんがトイレに立たれた時、奥さんは、「人生は冬の時期があってもいずれ春が来るが、主人にはもう春は来ない。」と言われていました。
 ともかく、そういう作業を経て、5分間のメモを作成しました。そのメモを、事務所で印刷して吉田さんにFAXしました。記者会見の30分前に待ち合わせ場所に来られた吉田さんは、字を書くのも辛いと言っていたのに、そのFAXに、手書きで、より自分の気持ちに合う言葉を書いたものを持参されていました。吉田さんが伝えたいことが、少しでも実感を持って伝わるようにしなければと、さらに決意しました。

 11日16時、記者会見に臨みました。吉田さんは、目に涙を浮かべることもあり、立て板に水といった話し方でもありませんでしたが、約1時間、気丈に自分の気持ちを語り、質問にも答えられていました。

 以下が、記者会見を経て、記事にしていただいた吉田さんの言葉の抜粋です(アイウエオ順)。

続きを読む……
[PR]
by kanen-relay | 2007-12-12 00:00 | 大阪から
大阪原告36番・吉田さん、実名公表
d0081819_18231456.jpg 本日、大阪原告36番の吉田忠人さん(70歳・男性・大阪市在住)が実名公表しました。大阪では7人目、全国では19人目の実名公表となります。吉田さんは、1986年、49歳で頸椎血管腫の手術を受けたときに、フィブリノゲン製剤を投与されました。
 実名公表に踏み切った吉田さんのコメント全文です。

 私は、大阪原告番号36番、吉田忠人ともうします。

 私は、平成18年8月25日、薬害肝炎訴訟の原告として、製薬企業、国を提訴しました。

 私は、現在、肝がんの状態です。
 今年の9月、主治医の先生から、もはや、私の肝がんに対する治療法はないと宣言されました。いつまで生きられるのか、わかりません。

 私がフィブリノゲン製剤を投与されたのは、1986年10月です。
 東京地裁判決を基準とすれば、私の被害は救済されます。

 しかし、私だけが救済されても、他に切り捨てられる被害者がいれば、薬害肝炎の解決にはなりません。
 今日、私は、残された命を賭けても解決しないといけないと考え、実名を出して闘うため会見に臨みました。

 私は、命を賭けて訴えます。
 薬害肝炎は、早期解決しなければ、亡くなる人がこれからもどんどん出てきます。

 判決による救済が出るまで、私には待つ時間がありません。

 薬害肝炎の全面解決の、総理の決断を、切望します。


写真提供=大阪弁護団・あおと
[PR]
by kanen-relay | 2007-12-11 16:00 | 大阪から
切り捨ては許しません ― 原告たちの声 ―

【大阪原告11番】
私は、家族の太陽でいたかった。
子供達は私を「おかあちゃん」と呼び、夫や子供達は私の作った料理をおいしそうに食べ、
春になれば家族で満開の桜を見に行き、夏には潮干狩りに行き、明るく朗らかな母親として人生を送れると信じていました。
私は家族の太陽となって、満ち足りた生活を送っていました。
私がC型肝炎に感染するまでは。


【大阪原告6番】
私は子供のころ医者になりたいと思っていた。
ずっとずっと思っていた。
でも入退院を繰り返している母の看病・家事で、大学進学すら許してもらえなかった。
子供ができたら、好きな事を 好きなだけ 勉強させてやろうと思ってた。
それが私の願いだった。
でも、C型肝炎感染の原因を知った子供は、好きだった音楽の道をあきらめ,「薬と病気の研究をする」と言った。
そして、子供が大学2年生の夏、私の病気が進行した。
子供は打ち込んでいた研究もやめ、就職する道を選んだ。
好きなことを、好きなだけ、させてやりたかった。


【大阪原告22番】
私の夢は、夫婦で世界一周旅行をすることでした。
銀行でのパートがもうすぐ十年になるとき、肝炎がわかりました。
銀行合併での健康診断の時にわかりました。
二つ違いの男の子二人の学費稼ぎにと、働きに出た私です。
もうその学費も不要になり、やっと自分達の夢であった、夫婦での世界一周旅行のために、働けると思っていました。
60歳までは仕事をするつもりでした。
が、そう思った時に、仕事をやめざるを得なくなりました。
そのために、楽しみにしていた旅行もいけず、今に至っています。


【大阪原告15番】
出来ることなら、もっと子供を産んで、娘に妹を作ってあげることが夢でした。
私は、昔から、女姉妹のいる友達を羨ましく思っていました。
しかし、薬害肝炎によって、その夢は叶わず、娘は一人っ子になってしまいました。
不安と悲しみだけはずっと残っています。


【大阪原告14番】
少年の頃、中学高校と長崎に育ち、眼下には世界一の巨大船を作る造船所があり、毎日毎日、海にいそしみあこがれ育ちました。
高卒後、S社に入社し、クイーンエリザベス号のバーテンダーとして、世界一周するのが夢でした。
平成12年、平成14年、平成18年、インターフェロンの点滴治療。しかし、平成19年7月、体調不良で緊急入院。ウイルスがあり、肝硬変であるということ!
一体今までの治療は何だったのか。
預金は使い果たし、無念が残る。
僕の描いた人生は、こんなはずではなかった!


【大阪原告16番】
私がなくしたもの。
それは、平凡だけど楽しかった家族との生活、そして健康な身体です。
産後のひだちが悪いのか、いつまでたっても、身体のだるさが付きまとい、いったい私の身体が自分の身体ではない、借り物の身体みたいで 思うように動いてくれない。
どうしたんだろうと原因もわからず、生活してきました。
家庭の主婦が家事をこなせない、はがゆさ、いらだたしさからか周りの理解が得られず、結婚生活がうまくいかず、離婚しました。
子供達は、主人が引き取り、私はひとりこの病気と闘わなければなりません。
子供の成長を見守る夢をたたれ、また家族を失い、私を不幸にした原因が血液製剤によるものだと、後に知りました。


【大阪原告31番】
私が失ったものは、「安心」です。
感染を知って以来27年間、不安の連続でした。
生まれたばかりの我が子を抱くことが出来なかった。
夜はミルクを作る元気もありませんでした。
得体の知れない不安が日を追う毎に広がって、家族と共に居ながら孤独感を拭えませんでした。
息子が中学生となって間もなく夫とは離別しました。
以来、何時また噴煙を上げ出すかも知れない体に不安を抱きながら、仕事に打ち込むしかありませんでした。
私に安心と云う言葉を見つける日が来るのでしょうか?


【大阪原告25番】
私がなくしたもの、それは、安心です。
C型肝炎だと言われたときの驚きとショック。
さらに、その原因が製薬会社の作った薬であったことを知ったときの驚愕。
何が、どうして、こうなったんだろうって混乱してしまいました。
これから私の身体はどうなるんだろう、そんな不安から一時も逃れられません。
いまも家族に迷惑をかけています。
またいつ発症するともいえない不安と心配は、家族も感じています。
私の体調が悪いときは、家族も必要以上に心配します。
私の家族も不安から逃れられません。
これからもずっと同じです。


【大阪原告28番】
薬害肝炎に感染させられて私が失ったもの、それは普通の生活です。
今までは、普通に明るい家庭だったと思うのですが、私がインターフェロン治療をすることによって、がらっと変わってきました。
副作用による身体のつらさ、精神的苦痛から、家族にあたってしまうことが多くなったからです。
これまでしていたバレーも我慢しなければならなくなりました。
子どものスポーツでの応援、お世話もなかなかいけなくなりました。
私の生き甲斐が減りました。
なぜ病気にさせられ、こんなにも自分一人だけでなく、家族までも巻き込まれなければならないのでしょうか。


【大阪原告33番】
私が失ったのは、当たり前の幸せな家庭です。
私は双子を出産しました。
これから幸せな生活を送るものだと思っていました。
その矢先、劇症肝炎で入院しました。
子供との大切な時間が奪われました。
家庭にも大きな問題を抱えることになりました。
そのせいで、家業が傾いてしまいました。
せっかく見つけたパートも肝機能数値の悪化で続けられなくなりました。
インターフェロンも失敗しました。
私は薬害肝炎で全てを失ったと思います。


【大阪原告30番】
薬害肝炎で私のなくしたもの。
やる気・根気―
慢性肝炎が分かってから、いつどうなるか分からない、もういやだ、そういう気持がわいて来て、どうせ どうせ となげやりになる、何度も・・・。
体力―
これが何よりもきついです。もうないです。もう年だからといわれるかも知れないけど、わたしはまだ六十二。あれもしたい、あそこへも昔の様に行ってみたい。でもダメみたいです。


【大阪原告44番】
今、私は元気な身体を返してほしい。
でも、それは叶わないことだと分かっています。
いくらインターフェロンを受けても、それには色々な苦痛が伴い、本当の元の身体、生活にはならないと思います。
仮に治っても、それは一部の人です。
幸い、私は今は、調子が良いです。
でもいつ体調を崩すか私にもわかりません。
なるべく病気のことは考えないようにしている毎日です。


【大阪原告24番】
今、私がほしいのは、この36年の私の過去をうまれかえらせること。
昭和46年○月、夢と見た出産が悪夢に変わる。
身体がだるくて、思うように生活できない日々が何年も続いた。
私の姉家族は、乳飲み子を2ヶ月もあずかってくれ、今は亡き母は、毎日家にきて家庭をやりくりしてくれた。
買い物に行くのがやっとの自分に引け目を感じ、もう子供はうめないかと思い悩み、家のローンは主人の給料だけでは、家計は火の車。
働けない自分がつらい。
全部訴えることは、到底できません。


【大阪原告54番】
欲しいものはたくさんあります…。
健康な心と身体、家族の幸せ、不安のない生活、欲張ればきりがありません。
ごくごく普通に暮らし、自然に病気にもなり当たり前に年を重ねていきたいのです。


【大阪原告57番】
今、私がほしいものは、“時間と健康”です。
長女誕生と引き換えに、C型肝炎に感染しました。
私は薬剤師として、癌治療のエキスパートを目指し、化学療法の分野で頑張りたいと大きな夢を持っていました。
しかしながら、インターフェロン治療のため、退職を余儀なくされました。
家族に大きな負担をかけながら過ごしてきた長い時間と健康を、今、取り返したいと思う。


【大阪原告59番】
今、私がほしいものは、「全員救済」です。
1988年○月、5gのフィブリノゲンで私は肝炎になりました。
繰り返される薬害への反省があれば、早期に国が非を認め、全員を救済するのは当然のことです。
和解しても健康が取り戻せるわけではないのですよ。
患者の思いに応えて、国と製薬会社は全員を救済して下さい。
この国、日本に生まれてきて良かったと思える、心ある救済を望んでいます。


【大阪原告26番】
フィブリノゲン製剤によりC型肝炎になり、主人には多大な負担を、子供達は心配の余り身体を壊してしまい、大変な思いをしてインターフェロン治療とリバビリン療法を受け、辛い副作用に耐えたのに、ウイルスが消えず、二度目にペグインターフェロンとリバビリン治療を受け、また、副作用に泣きながら耐え、精神的・身体的・経済的にも大変な辛い日々を乗り越えた後も、いつガンになるのか怯えながら暮らしている現実があります。
これは全員に一生つきまとう 命の秒読みです。
いつフィブリノゲンを打たれたか、線引きをすることは絶対にあってはならないことで、全員救済は当たり前であり、苦しんでいる人たちの心の叫びを、国や製薬企業は本当に分かってくれているのでしょうか。

[PR]
by kanen-relay | 2007-11-28 00:00 | 大阪から
切り捨ては許しません
11月22日緊急抗議行動・緊急集会 in 大阪
■■■ 切り捨ては許しません
■■ 薬害肝炎の全面解決のために


集合日時:平成19年11月22日16時30分
集合場所:中之島公会堂

詳細は・・・
[PR]
by kanen-relay | 2007-11-22 16:30 | 大阪から
11月22日に緊急集会!
d0081819_1131461.jpg

[PR]
by kanen-relay | 2007-11-18 00:00 | 大阪から
和解へ
 本年9月14日、大阪高等裁判所は、薬害肝炎訴訟について、原告被告双方に対して、和解の解決が望ましいとして双方の意見を聴取した上で和解勧告をしたいとの意向を示されました。
 大阪高等裁判所がこのように和解に向けた意欲を示されたことは弁護団の一員として喜ばしく思っています。
 しかし、和解への道のりは決して簡単ではないとも考えています。

■和解にはどういう利点があるの?

 和解の場合、判決による解決よりも早期で、かつ、柔軟・妥当な解決をすることが可能です。
 判決の場合は先行する原告にとっても、控訴審(各髙等裁判所)、場合によっては上告審(最高裁判所)での結論が出るまで解決しませんし、現在、1審(各地方裁判所)で訴訟中の原告にとってはさらに時間がかかります。C型肝炎は進行性の病気ですから、原告にはそのような時間を待つことが困難です。
 他方、和解の場合は、それによって裁判自体が終わるので、早期の解決が可能です。
また、判決の場合は金銭賠償の可否のみの解決となりますが、和解の場合は恒久対策等についても含める可能性があります。

■和解は原告に有利な内容になるのか?

 和解の解決にあたっては、原告も苦悩する可能性があります。
 大阪高等裁判所は、原告側の言い分だけを聞くのではなく、被告側の言い分も聞き、総合的な判断をした上で、和解勧告をすることになります。その内容は原告にとっても厳しい部分があるかもしれないのです。

■今後はどういう手順になるのか?

 私たちは、今後、本件においてはどのような解決が妥当であるのかを原告団の意見を聞きながら裁判所に訴えていくつもりです。
 そして、薬害肝炎が本当の意味で解決できるように努力していきます。
 裁判所から和解勧告がなされた場合、それが薬害肝炎の解決内容として妥当であるのかを原告団と共に十分に検討します。
 そして、それが妥当な解決内容であるとの結論に至った場合、被告側にも働きかけて早期の解決を目指します。

■被告側は和解をするのか?

 被告側は当初は激しく拒否反応を示すかもしれません。
 しかし、裁判所の和解案が本件の解決するために適正・妥当な案であれば、最終的には受け入れざるをえなくなると考えています。
d0081819_16255678.jpg そのためには、今後も多くの皆さんの応援をいただく必要があると考えています。

(大阪弁護団・松井)
[PR]
by kanen-relay | 2007-09-19 00:00 | 大阪から